2020-07-04

「加賀友禅とは?」加賀友禅の歴史から新しい加賀友禅まで

【友禅】とは?

布に模様を染める技法の一つで、もち米の防染糊(でんぷん糊)を用い手描きで染めたもの。華やかな草花文様をイメージされる方が多いのですが、染める技法、染め方を意味します。

【日本三大友禅】

主な友禅の産地として金沢(加賀)、京都(京)、東京(江戸)があり、繊細な糊置きの技法(友禅)と多彩華麗な絵文様が特色です。

加賀友禅・・・「優美」武家文化を背景とした写実的な絵画調。加賀五彩(藍、燕脂、黄 土、草、古代紫)を基調とした多彩調、虫食い、外ボカシなどの特徴のあるもの。また、スケッチを元に色合い、構成など作家独自のオリジナルデザインのもの。加賀染振興協会では作家制度があり落款登録をして加賀友禅作家として認定されます。

加賀五彩:落ち着いた渋目の色調

🌟加賀友禅の工程  http://studio-mon-an.com/koubou/2147.html

京友禅・・・・「雅」公家文化を背景に有職文様、御所解文様など古典文様を構成する。金箔、刺繍などの装飾がある。

江戸友禅・・・「粋」大名から裕福な町方子女まで、お誂えとして独自のデザインを注文。洒落た粋なキモノがはやり、有職文様や写実柄など幅広く、自由奔放に発展。

 

歴史:加賀絹、梅染、色絵紋(加賀紋)

10世紀   平安時代、朝廷の記録に「加賀は絹の産出国」と記さる。

1464年  室町時代には加賀染として「梅染め:赤き色に黄味のある色、無地染」と染めた記録がある。

1644年〜 正保年間(江戸時代の初期)色絵紋(加賀紋)が始められ1700年頃には完成していた。

1700年〜 江戸時代中期、宮崎友禅斎が友禅技法を確立し、広める。

 

●色絵紋(加賀紋) 染料の滲みを防ぐための糊の進歩が繊細な加賀友禅を生んだとも言われています。

宮崎友禅斎

1700年前後(元禄年間)に京都の知恩院前に住んでいた事は分かっていますが、出生地については金沢とも京都とも、あるいは能登(穴水)とも言われています。京で活躍したのちに金沢へ移り友禅の技法を広めました。元文元年(1736年)83歳で没。大正9年(1920年)に金沢の龍国寺で友禅斎の供養塔が発見され晩年を金沢で過ごした事がほぼ確実となっています。

・・・宮崎友禅斎坐像・・・

その後、加賀独自で発展した「お国染め」は、武士や町人の日常着や暖簾、夜着、風呂敷などに染められ、明治、大正、昭和へと手描き友禅の技術と伝統が継承されてきました。

【金沢が生んだ人間国宝 木村雨山・二塚長生】

昭和30年(1955年)には故・木村雨山先生が重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され加賀友禅の知名度もさらにアップしました。金沢では雨山先生以来55年ぶりに平成22年(2010年)二塚長生先生が重要無形文化財保持者に認定され現代の友禅美を追求しておられます。2018年石川県立美術館で開催された【「森羅万象をまとう」木村雨山・二塚長生の仕事】は記憶に新しく、加賀友禅の本質を見た様で感慨深いものがありました。


スケッチから、その感動を表現するために構成し製作された着物。素敵です!

石川県立美術館 http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/exhibition/4985/

 

新しい加賀友禅現代に合う加賀友禅の挑戦

着物ファンの方々と意見交換をして、提案を取り入れつつも作家独自の加賀友禅を製作しました。題材は、普段加賀友禅では取り入れないような「ケーキなどスィーツ」から、「雪の結晶、植物」など・・・古典柄ではなく、現代の生活様式に合うようなお洒落な提案です。

「sweet」佐藤賢一 作         「雫」山田武志 作

 

「雪の華」鶴見晋史 作         「つづまやか」太田正伸(昌伸)作

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